俺の記憶ストレージ Part 1&2

色事を担当する色男

コステロ自伝 ANNEX Part 22 前編

第22章は「トーキング・イン・ザ・ダーク(Taking in the Dark)」でコステロの曲名から。

コロンバス事件から遡り、1979年のスペシャルズのプロデューサー作業の記述から。
スペシャルズの1stは1979年の夏くらい。

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ここで少しそのあたりのジャンルのお勉強を兼ねて調査。
スカ、ロックステディ、レゲエはすべてジャマイカ発祥。

スカは1962〜1966年頃、2泊4拍目にアクセントがあり「ンチャ・ンチャ」みたいなビート。
ロックステディは1966〜1968年頃、スカと同じだがもっと緩いビート。
レゲエは1968年以後で、ロックステディくらいの緩いテンポで「ドゥーンチャッカ・ッンチャカ」みたいなもうちょっと複雑なビートになる。

日本にはスカパラがいるのでスカは分かりやすいと思う。自分のリアルタイムだとレピッシュの「パヤパヤ」が流行っていた。

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まあこの辺のスカはどちらかというと、2トーンスカの方が近いのかもしれない。
ちなみに2トーンレーベルだとスペシャルズよりもザ・ビートの方が自分の好みではある。

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2トーンって妙に不気味で怖いイメージありますね。何か得体のしれないというか・・・。

話はコロンバス事件の後のUSツアー(1979年3月以降)を挟んで、1978年の6月のヨーロッパツアーに戻る(飛び過ぎだよ)。
ベルギー1公演、フランス1公演、スイス1公演、西ドイツ1公演、オランダ5公演、また西ドイツ2公演、デンマーク1公演、ノルウェー1公演、スウェーデン6公演、フィンランド3公演。
西ドイツ公演は「Rockpalast」でオンエアされている。
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西ドイツは1公演キャンセルされているし、フランス、ベルギーは1回なのにオランダだけ5回。オランダは英国以外で初めてコステロを受け入れた国らしい。
コステロはオランダのイメージが少しあるなと思っていたがたぶん「New Amsterdam」のせいだろう。
ちなみに、コステロの作品で地名が入っているのは結構多い。
「(I Don't Want To Go To) Chelsea」「Crawling To The USA」「New Amsterdam」「Luxemburg」「Tokyo Storm Warning」「Crimes Of Paris」「King of America」(曲じゃないが・・)「London's Brilliant Parade」「London's Brilliant」「Toledo」「Adieu Paris」等。
もちょっとローカルなものを含めると「Pony St.」「Hoover Factory」あたりもそうかな?

この1年後にコステロはオランダで「Get Happy!!」を録音する。
1979年のツアーで既に「Get Happy!!」の数曲が披露されているが、最終形アレンジと違う形で披露されている。
この本の中でも出てくるが、コステロが 「Emotional Fascism」レコーディング時に聴いたThe Jamの「All Mod Cons」を聴いて、「前と同じことをやっていてはダメだ」という信念を得たことと、コロンバス事件が本心の行動ではないということの証明のために、モータウン/スタックスのレコードからアレンジを拝借して曲を弄りまくったことによるのだが、このアレンジの変更が凄まじい。

これに関しては次の記事でまとめることにする。

コペンハーゲンで突然、ジョージ・ジョーンズから「Stranger In The House」をコラボしデュエットしたいと言われ、二週間後にナッシュビルに向かうが肝心のジョージ・ジョーンズが来ず、一人で録音する羽目になったという。
きっかけは、コロムビアのA&Rが「Stranger In The House」をビリー・シェリルに聴かせたのがキッカケ。この出会いがキッカケで「Almost Blue」が作られることになる。
ジョージ・ジョーンズとのデュエットは結局ボーカルだけ翌年に録音し直して1980年の4月に無事リリース。

その後ロンドンに戻り、「Emotional Fascism」というタイトルのアルバムのレコーディングを開始。
結局、ラジオ局でのオンエアを気にして「Armed Forces」というタイトルに変更するが、その他にも「Tiny Steps」が余りにも2ndに似たアレンジだったために本編からは外されたり、当初オープニングナンバーのはずだった「Clean Money」が外されたりした。

「Peace, Love & Understanding」についての解説も面白い。巷に出回っている説と真逆のことが書かれている。

元々、この曲は単なるおふざけのようなものだった。フラワーパワーの時代のすぐ後に、いかにもティン・パン・アレーのお抱えの作曲家が作りそうな曲を、という考えで作られた。
彼らが「何だかよくわからないけど『平和』だの『愛』だのって曲を作れば、今の若者たちには受けるんだろ」という感じで作ったらどうなるか、と想像した。
だから、人類愛を賛美する嘘くさい言葉がたくさん並んでいる。


エルヴィス・コステロ自伝 410ページ

つまり元々はノベルティ・ソングの類で作られた曲だった。ブリンズリー・シュワルツのオリジナルがリリースされた1975年、コステロのバージョンがリリースされたのは1979年だが、当時はこの歌詞が「ネタ」ということが伝わっていたのだろうか?

この曲の紹介で、まるで「Imagine」かのような紹介がされていることがあって、ちょっと違和感があったのは確か。

「Peace, Love & Understanding」って本当は、「(What's So Funny 'Bout) Peace, Love & Understanding」なのだが「What's So Funny 'Bout」というのは「何がそんなにおかしい?」と訳せる。
つまり、「平和、愛、相互理解、なにがおかしい?」というタイトルなのでネタってことが分かりにくいような気がする。

ネタがマジで取られるあたりは、サザン・オールスターズの「チャコの海岸物語」を思い出してしまった。

自分がこの曲を初めて聴いた時は「Armed Forces」のUS盤だったのが、当時1993年。
このアルバムのブックレットに「Don't Join」と書いてあったが、これを「入ってくるな」だと思っていた(本当は「真似するな」)。
なので妙に排他的だし、他の曲名もなんかよく分からないけど辛辣そうなタイトルが並んでるし、突然「愛・平和」とかフザケているのだろうと思っていた。

その頃、高校生だった自分は、バスターミナルの2階にあった古い場末のレコード店でブラブラしていた。演歌や歌謡曲が多いその店内で、突然コステロバージョンではない「Peace, Love & Understanding」が突然流れてきて、なぜこの曲が?と思ったのだが、後年分かったのが映画「ボディ・ガード」のサントラにカバーが収録されていたからだった。
その時はオリジナルのPLUを聴いたことがなかったので、それがオリジナルだと思っていたがどうやら違ったみたい。

オリジナルは牧歌的なバージョン。
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そのたった4年後、こちらはコステロのカバーバージョンはかなり鋭角的なバージョンに仕上がっている。
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ボディガードに収録されたカーティス・スティガースのバージョンはR&B風味。
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ボディガードのサントラは「エンダーリヤー」でおなじみホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」でバカ売れして全米No.1。そのアルバムに収録されていたのでニック・ロウの印税がすごかったらしい。

ちなみにコステロ版のPLUはニック・ロウの「American Squirm」のB面でクレジットは「ニック・ロウ&フレンズ」。
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ニック・ロウとしては、ジャケ写でコステロスペリングがネックに入っているジャズマスターを持っているから察してくれ、ということのようだ。

「American Squirm」はコステロがコーラス、ブルースとピートがリズム隊で、この時期には珍しくロックパイル編成ではない。