俺の記憶ストレージ Part 1&2

色事を担当する色男

コステロ自伝 ANNEX Part 24

第24章は「必死で海に潜る(Diving for Dear Life)」でShipbuildingの歌詞の一節から。

序盤のエピソードは、コステロがたまたま立ち寄った戦争博物館に、戦時中に自分の父親の家を爆撃したドイツ軍人が来たことがある、という話。
ハンブルグ公演の前の記者会見で「今の英独関係をどう思うか」と聞かれて、このエピソードをドイツ公演の記者会見で話したら、記者が涙を流したとのこと。

前章が1979年の3月くらいだったが、1979年にドイツ公演はない。1978年6月、1980年4月のどちらかだろう。
しかしハンブルグでの記者会見とあるので、1978年だと思う。ちなみに、意外にもドイツ公演は80年代は1980年しかない。
それにしても時系列が飛びまくる。この章の冒頭が「一時間ほどあったので」だが、何の合間の話なのだかさっぱり分からない上に時代が少しだけ戻るので話を理解するのも一苦労。

話はフォークランド紛争へ。
フォークランド紛争は、イギリスとアルゼンチンの戦争(紛争)。フォークランド諸島という南米大陸アルゼンチンの東側にあるイギリス領の諸島の領有権をアルゼンチンが主張したため戦争に発展した。
一応、今では英領ということになっているが、そもそも1833年大英帝国が占領。その前はスペイン領、さらにその前はフランス領と、ヨーロッパの帝国主義植民地主義の犠牲みたいな島だ。
まあそれを言い出すと、南北アメリカ大陸全部がそうなのだけれど。
アルゼンチンはスペインから独立した際に、フォークランド諸島ももともとスペイン領なんだから返せと主張。
そんな感じでずーーっと揉めてきた領地。
英国はあまりそんなイメージはないかもしれないが、歴史的にはアメリカ、ロシア並にメチャクチャなことをしてきた国なので、なんとなくアルゼンチン寄りの感覚になってしまう。

フォークランド紛争は1982年3月〜6月だったが、コステロはちょうどその頃オーストラリアツアー中。
かばんの中に、クライブ・ランガーが書いた曲のテープが入っていて、ロバート・ワイアットの為の曲なので歌詞を書いて欲しいと頼まれていた。
それで書いたのが「Shipbuilding」であり、元々はロバート・ワイアットがオリジナル。
コステロがオリジナルでロバート・ワイアットがカバーしたと書かれているものもあるが逆である。
ロバート・ワイアット版は1982年8月にリリース。コステロ版は翌年の8月にリリース。
ロバート・ワイアット版はUKチャートで35位、UKインディーズチャートでは1位になる。

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1983年になると「Punch The Clock」のレコーディングを開始する。場所はロンドン・エア・スタジオ。
ポール・マッカートニーマイケル・ジャクソンクインシー・ジョーンズが一緒にいたらしい。「Pipes of Peace」周辺の頃だろう。

「Shipbuilding」の自分のバージョンをレコーディングすることになって、トランペットを入れたいと思ったが、彼にはツテがない。
コステロはよく知らない人をいきなり連れてきてレコーディングするのが苦手だと書いてある。これはかなり納得する。
「Brutal Youth」の時のベースも最初は自分で弾いて、次にニック・ロウを呼んで、結局仲の悪いブルース・トーマスに頼んでしまう。この辺の行動にそれが現れている。

そんな彼でも全くツテのないウィントン・マルサリスに電話をかけて頼んでしまうが、この話は有耶無耶になりフェードアウト。
なぜマルサリスかというと、たぶんコロムビア所属だからだろう。でもなんかウィントン・マルサリスは全然合わない気がする。ゲイリー・ムーアを呼ぶべき所にイングヴェイ・マルムスティーンを呼ぶみたいな感じ?

結局、チェット・ベイカーが近くでライブをするという話を聞きつけて直談判し、参加してくれることになった。
このコステロ版の「Shipbuilding」を聴いていると、とんでもなく器用なバンドだなと思う。

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この抑制の効いた巧みな演奏と、パンク期「This Year's Model」と聴き比べて、本当に同じバンドなのだろうか?と思わずにはいられない。
これから13年後に「All This Useless Beauty」をリリースするが、それもまた抑制の効いた素晴らしい演奏になっている。
当時はアトラクションズっぽくないと言われたようだが「Shipbuilding」だって相当アトラクションズっぽくない。

そしてチェット・ベイカーのソロも素晴らしい出来。コステロ的には余計なディレイを入れなければ良かった、と少し後悔しているようだが。

「Shipbuilding」は遠回しなプロテスト・ソングの類だが、コステロ自身は歌で世の中は変えられないと書いている。
山下達郎が「歌は世につれるが、世は歌につれない」と言っていたのと似ている。
なので、そういう意味ではリアリストなんだろうなと思う。
「Shipbuilding」の歌詞で、聴く人の孤独感が少しでも減れば、という思いがあったそうだ。

以前にも書いたが、自分はこういう遠回しで暗喩的なプロテスト・ソングの方に名曲が多いと思う。
誰のどの曲とはあえて言わないが、ストレートな言い回しのプロテスト・ソングは直接的な言葉の方に耳が言ってしまい、良い曲と思えないことが多い。