山下達郎との出会い


大滝詠一が亡くなった2013年12月30日の時点で、自分が認識していた大滝詠一の楽曲は「幸せな結末」ただ一曲だけだった。なので、もちろん名前も知っていたし、レコード・コレクターズは読んでいたから、アルバムタイトルとジャケットは知っていたが聴いたことがなく、「ああ、亡くなったのか」程度の受け止め方だった。それよりもその5日後に亡くなったやしきたかじんの方が衝撃だったのを覚えている。

さて、2013年の年末、自分は何をしていたかというと、エルヴィス・コステロを見に東京まで行っていた。いや違った。東京出張がたまたまエルヴィス・コステロのライブと重なったので、EXシアター六本木まで見に行ったのだ。しかも2公演も見たのだった。この余韻は年始まで続き、1月には自分が見に行った東京最終日公演がWOWOWで放送されたり(生でも放送されたが当然ながらリアルでは見れていない)、コステロのドキュメンタリーが2月に放映されたりとコステロ尽くしだったのだ。

さて、自分の中でのコステロ祭りが一段落ついたあたりで、遅ればせながら大滝詠一でも聴いてみようと思ってTSUTAYAに行って借りてきたのが「EACH TIME」だった。iTunesの取り込み日時を見ると、これが2014年の3月3日。ロンバケは多分借りられていたのでこっちを借りたんだと思う。

そもそも「EACH TIME」のレコジャケはかなり見覚えがあった。というのもレコード・コレクターズの2004年4月号を愛読していたから。この号のメインはディープ・パープルだった。ディープ・パープルはそれこそ高校の頃から聴いていたが、この頃多分、第3次マイブームの頃。

その号に載っていたのが「Each Time」のリイシューの特集で時期的には20周年記念盤の頃。近年は大滝詠一特集となれば巻頭からの大特集が組まれるが、この頃は4,5ページくらいだったはず。で、「Each Time」のジャケットがこの頃から妙に気になっていた。あのなんというか、ペパーミントブルー?ペパーミントグリーン?自分の世代だとレイトンハウス。いかにも80年代中期を象徴するような色で、今となっては良いなと思っているけど、当時は80'sだなぁという感想だった。それが前年のNHKあまちゃんのブームもあり、80'sも悪くないなと思い、だんだん80'sのものに抵抗がなくなって来た、というのもある。ちなみに、このブログのメインカラーはその「Each Time」をモチーフにしている。

それで、借りてきてから、まあ一回は聴いてみようと思ってiPodに入れて聴いてみたわけです。いつも大量に借りてきて聴くんだけれど、一回聴いて終わり、みたいなものも結構あるが、「Each Time」に関しては、何度聴いても全然飽きない。飽きないどころか、これ素晴らしいじゃんと思ってしまったのだ。同世代を生きていたのに、亡くなってから聴いて気にいるなんて、過去の自分を責めたがまあしょうがない。

そもそも「幸せな結末」が流行っていた頃も謎の存在だった。テレビの音楽番組のTOP10にランクインしていたが、ミュージシャンが歌っているド派手なPV全盛期に、イラストだけのPV(後にわかるがファーストアルバムのジャケットだった)で、顔も分からない。誰だか分からない。昔の人なのか最近の人なのかも分からない。後から昔の人だとわかり、ああ昔の曲のリバイバルヒットか、と思ったのだ。それくらい無知だった。

社会人になってすぐの頃、隣に座っていた先輩がちょうど一回り上の人で、ちょうど大滝詠一佐野元春の時代に高校生だった人で、その人から当時流行っていた音楽の話を聞かされて「知ってる?ナイアガラ・トライアングル」「いや、名前は聞いたことあるけど・・」「大滝詠一佐野元春とか」「ああ、その人達なんですね」みたいな感じ。ここで大滝詠一が昔人気だったということを知るのですね。それくらい僕らの世代と大滝詠一には馴染みがない。そもそも回りに聴いている人もいなかった。軽音楽部に所属してたけどそれでも誰もいなかった。まあ、軽音は歌モノよりはインストゥルメンタルに興味が行きがちではあるけど。

「Each Time」が気に入った自分は、じゃあ別のも聴いてみようと思って一番有名な「A Long Vacation」を借りに行った。これが 2014/3/17 だった。1曲目の「君は天然色」を聴いたら「なんだこれ知っているじゃん」と。で、僕はここからロンバケばかりを聴くようになります。ロンバケもジャケットは知っていたし、いつだかのレコード・コレクターズの日本のロックTOP100みたいなやつで1位になったのも知っていたけれど。やっぱり1981年発表ってのが引っかかっていた。レコード・コレクターズって執筆者が年配の人ばかりなのでやっぱり当時のノスタルジーかなんかでしょ?と思って聴かなかったのだ。聴いてみたら「なんでもっと勧めてくれなかったのか」と。とてつもないアルバムで、しばらくヘビロテでした。

そして、実は同じ日に山下達郎の「OPUS」も借りていました。「Each Time」が自分の重たい腰をこじ開けたのでした。おそらく「Each Time」を聴いて良かったという感想になっていなければ、ロンバケ山下達郎も聴いていない。
ま、山下達郎の場合は聴いていないというのは語弊があって、真剣に向き合って聴いていなかったというのが正しい。幼い頃から山下達郎の声は耳に入っていたのだ。それこそ、インテグラの「風の回廊(コリドー)」は後から聴いて知っていた。これは自分が10歳の頃のCMなのでその頃から耳にしていたはず。それが誰かは分かってなかったけれど。

というわけで、山下達郎の場合、大滝詠一よりは自分の生活との接点があった。

初めて名前を聞いたのは中1の頃で、1989年の冬。「クリスマス・イブ」が空前の大ヒット。


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自分はシングルCDを買ったわけじゃないけど、誰かしらが持っていて借りてテープにダビングして聴いていた。
これ、1989年にNo.1になりますが、翌年1990年にもヒットしている。1位じゃなかったけど。辛島美登里の「サイレント・イブ」と一緒にランクインしている。
前年は小室哲哉の「Christmas Chorus」もあったけど、ボーカルが小室哲哉なので云々・・。
団塊ジュニア世代はタツロー世代では無いけれど、これは中学生もCDシングル買ってたくらいの大ヒットなので当然知っていた。
ただ、ここから先に進まなかった。誰かが「アルチザン」を買って自分に渡してくれれば聴いたかもしれないけど、まあでも中学生には渋すぎるかな。

その後、自分はビーイング・小室ブームに辟易して1993〜1998年あたりまで邦楽を聴かなくなるけど、その前にリリースされた「アトムの子」「さよなら夏の日」「ターナーの機関車」なんかは当然テレビやラジオで耳にするので知っていた。あとポンキッキーズで流れていた「パレード」かな。ポンキッキーズを熱心に見ていたわけじゃないけど、「パレード」は耳に入ってきた。新曲だと思ってたけど。

大学生の頃、学校までは車で移動していた。片道1時間強くらい。だんだん自分で作ったMDだと飽きるのでたまにFMをかけることがあった。後に「氷のマニキュア」を聴いたときに、何でこの曲知ってるんだろう?と思ったんだけど多分この時によく流れていたんだろうな。

「Love Can Go Distance」はよくNTTコミュニケーションズのCMで流れていたので知っていた。この頃は大学4年の終わり頃で、割と家にいた時期なのでテレビをよく見ていたんだろう。

社会人になってすぐの頃、新人同士の親睦会をやろうということになり、同期が住んでいたテレビ塔がよく見える狭いアパートで宅飲みをしていた時に、これ良いよ、と勧められたのがシュガー・ベイブの「SONGS」だった。1994年リイシュー盤。この頃は先頭の2曲ばかり聴いていたけど、この2曲は有名なので知っていた。邦楽のCDなのに目一杯ライナーノーツが書いてあって驚いたのと、山下達郎の昔のバンドだったんだ!という2重の驚き。で、ここから山下達郎を遡って聴いていけば良かったのに、そうは問屋が降ろさない。

社会人になってから仕事が忙しいというのもあったし、この後にコステロのリイシュー祭りが始まるので、脳内がコステロばかりになった。そういえばこのすぐ後くらいに「Smile」もヒットして何故かお茶の間でコステロが露出していた頃。国際フォーラムにも見に行ったりと。後にも先にもこんなにコステロが露出したことはないのではないですかね。

2003年に「Ride On Time」がヒットしたけども、この時も別にドラマを見ておらず。

ただ、チームナックスの深夜番組で佐藤重幸(現・戸次重幸)がおたるドリームビーチに行く、みたいなロケがあってそこのBGMが「Ride On Time」だった。「Ride On Time」はなんとなく山下達郎の古い曲だってのは知っていたけど、このシーンで流れたのがすごく良いなと思って。この曲にだけドハマリしてずっと聴いていた時期がありました。で、ここでも遡って聴けばよかったんですけど、そこ止まり。

正直に言うと、ハマりそうな気がしたので、意識的に避けたいというのもあったのかもしれない。ハマったら面倒そうだなとかそういう意識。全部アルバム集めるの大変だぞ、とか。まあ実は寡作だってのは後で知るわけですが。

ふと思い出したけど、2005年頃、いつもランチを食べに行っていたカフェでFMが流れていて、そこで山下達郎が出演していたことがあった。おそらく「SONORITE」のプロモーションだったのだろう。サンソンも聴いたことがなく、山下達郎が喋っているのを初めて聴いた自分はあまりの饒舌ぶりに驚き、「山下達郎って結構喋るんだね」と先輩と話した記憶がある。

で、やっとまともに向き合って「OPUS」を聴いたのが 2014/3/17 だった、というわけです。ロンバケもヘビロテしつつ、山下達郎もやっぱり凄い、ということで予想通り沼にハマり、今に至る。
ずっーーと新規入会停止していた、ファンクラブも去年再開した時になんとか入れた。タツローマニアはどんな本よりも面白い。

最近、某SNS上で知り合った古参のタツローファンの方との交流もありますが、みなさん新参者の私にお優しい。
なので私も「昔からのファンですけど?」みたいな偽装や見栄を張ることもなく交流させていただいております。

ちなみに「OPUS」を聴いて驚いたのはファンク/R&B路線でした。「BOMBER」なんて軽音楽部の頃に知ったら絶対コピーしていたでしょう。
もともとそういうのが好きだったのもあって、この路線の山下達郎サウンドも好きではあるのですが、ただ、そもそも僕の中の「OPUS」を聴く前の山下達郎に対するパブリック・イメージは、どちらかと言うとシュガー・ベイブ的なものであって、ファンク/R&Bじゃなかった。

インタビューで達郎さん本人が言っていたけど、シュガー・ベイブ的なものが受けなくて、ファンクやR&Bにシフトした。山下達郎プロデューサーが売るためにミュージシャン山下達郎をそういう方向にシフトさせた。
で、売れたから予算が付いて好きなことをやりだした。それが一人アカペラだったり、シュガー・ベイブ回帰だったり、という。
それは説明としてはすんなり理解できるものです。

だがしかし「ファンクやR&B」に回帰しろ!というファンや評論家が多数いるのはどういうわけかというと、ブレイクした時期がファンク/R&B路線だったからですね。初めて見たものを親だと思うみたいな。
自分は元々シュガー・ベイブ的な音楽=山下達郎だと思っていたので、逆に「OPUS」を聴いて「Windy Lady」が出てきてビックリしたわけで。「パレード」の次がこれなの?路線変わりすぎでしょ?と思ったクチなので。
ファンクも好きだけど、シュガー・ベイブ的なものも好きなので「SOFTLY」も好きなわけですよ。
それをどういうわけかR&B路線じゃないのに絶賛されているのが意味不明だ(大意)、みたいなことを言ってしまう音楽評論家がいるんですよ。だったら山下達郎をわざわざ聴かなくて良いんじゃないの?という。

ちなみに巷では「FOR YOU」が一番人気のようですが、僕が最も聴くのは80年代中〜90年後半、つまり「Melodies」「Pocket Music」「僕の中の少年」「Artisan」「Cozy」で、いつもこれらばかり聴いてしまうのです。