俺の記憶ストレージ Part 1&2

寂しさは琥珀となり密やかに輝き出す

職人ベーシスト ブルース・トーマスについて (Part III)

さて、最後のPart III。

ここではブルース・トーマスの電撃復帰からのアトラクションズ再結成。そして優秀の美で終わったアトラクションズ解散まで。

 

復帰の経緯ですが、これもブルース・トーマス自身のインタビューから。

 

Bruce Thomas - Uber Rock Interview Exclusive

(またも拙い英語力で翻訳) 

インタビュアー:

あなたは再び、'Brutal Youth' と 'All This Useless Beauty' で演奏し、ワールド・ツアーにも参加しました。これはなぜこうなったんでしょう?「シンガー」との関係は問題なかったのですか?

 

ブルース・トーマス:
コステロと自分の間をとりもったのはプロデューサーだったミッチェル・フルームだった。自分は彼がプロデュースしていた曲でたくさんセッションワークをしていたんだ。ミッチェルはその頃スザンヌ・ヴェガのプロデュースをしていて、次にコステロのプロデュースを行う予定だった。ミッチェルは「コステロがあなたを呼んだらどうする?」と聞いてきた。コステロにも同じことを聞いていたようだ。

たまたま自分がロサンゼルスのミッチェル・フルームの家にいて、ニューヨークにいたコステロからまた一緒にやりたいと連絡を受けたちょうどそのタイミングで、ロサンゼルス大地震の余震が来て、かなり揺れたんだ。

 

※ ロサンゼルスの大地震は1994年1月17日なのでその数日後だと思われる。

 

再結成したアトラクションズは1年ほどは楽しかった。コステロは自分にクラシックのCDをプレゼントしてくれたり、好きな画家について語り合ったりもした。コステロの車で旅行したこともあった。実際、「Brutal Youth」ツアーは楽しかった。雰囲気が良かったので、アメリカとヨーロッパのツアーを延長して日本ツアーをやることになって、そのあとUKのツアーもやって、で、その流れで次の年にアルバムを作ろうとなって・・・で、なんの質問だっけ?

 

 


・London's Brilliant Parade (Brutal Youth - 1994)

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さて、そのブルース復帰作の「Brutal Youth」の曲です。ちょっと長くなります。

1986年の「Blood & Chocolate」でアトラクションズは解散。その後、ドラムのピート・トーマスとは行動を共にするも、残りの二人とは疎遠のまま、メジャーレーベルから1989年に「Spike」、1991年に「Mighty Like A Rose」、1993年に「The Juliet Letters」をリリース。

で、次のアルバムをどうしようかなというところですが。
「The Juliet Letters」はブロドスキー・カルテットとの共演で弦楽四重奏で、クラシックミュージック寄りの作品。こういう作品のあと揺り戻しがくるのがコステロで、またラウドなサウンドのアルバムを作りたくなります。

アトラクションズ解散後もなぜかピート・トーマスとは行動を共にしており、ピートとコステロでアルバムを作り始めます。

で、作っていくうちにキーボードが足りねぇなぁ・・・と思い、疎遠だったスティーブ・ナイーブを召喚。スティーブはここから先はコステロと行動を共にすることが増え、最終的に盟友と言って良いレベルの関係になります。

空席となっていたベース・パートですが、当初はコステロが弾いていました。

コステロのベースプレイは正直演奏は上手くないです。そもそも本職のギターがあまり上手くない(近年、少し上手くなった気がするけど)。そのコステロが弾くベースなんですが、推して知るべしといったレベル。基本的にはルート弾きで、オカズをたまに入れる感じの・・・要するにギタリストが見様見真似で演奏したレベルに過ぎないと思います。

次にニック・ロウをベーシストとして召喚します。ニックは7曲弾きますが、悪くはないものの、まあ・・・普通のプレイだと私は思います。

ニックはコードの多い曲というか、スローな曲でベースを弾くのがあまり得意ではないらしく、それらの曲はちょっと無理だなぁ!と言って匙を投げます。

そこで、プロデューサーのミッチェル・フルームから「だったらブルース・トーマス呼べば良いじゃん」と提案されます。(ブルースのインタビューの通り)


この頃までのブルース・トーマスとコステロは、ビートルズ解散直後のジョンとポールの如く、メディアや曲を使って批判の応酬をしている状態でした。

正直、アルバムでベースを弾いてもらうのであれば、ブルースの他にも有名なセッションミュージシャンがいると思うのですが、そうしなかった。なぜコステロは断らなかったのでしょうか。「Brutal Youth」の本人が書いたライナーには、「プロデューサーに提案されました」としか書いてないので、なぜその決断に至ったのか真意は不明です。

どうして受けたのかは、ブルースもコステロも語っていませんので、ここは自分の考えを。

ブルース・トーマスであれば、コステロの作る曲も知り尽くしているし、マッチするベースラインがどんなものかも把握している。もう、この時はブルース・トーマスに頼らざるを得なかったんじゃないでしょうか。そこで、人間的に嫌いであっても、職人として呼ばれたからには最高の仕事をしてやろうと、最高のプレイで返したブルース・トーマス。仲が悪いからこそ技で見返してやる、と思ったのではないでしょうか?

ブルースが弾いたのは5曲と少々少なめですが、最高の仕事をしました。

「Brutal Youth」の評価として、「曲は良いんだけど、演奏・アレンジが粗くて稚拙」のような評価を結構見ますし、自分も結構それに同意するんですが、「アトラクションズ」のメンバーで演奏された曲は決して必ずしもそうではない。

これらの演奏の出来が、「Brutal Youth」の出来を引き上げたと言っても良いんじゃないかと思います。

 

そして、個人的にはこの「London's Brilliant Parade」が、メロディ、アレンジ、演奏共にコステロ史上最高レベルの楽曲だと思っていて、これが再結成アトラクションズの編成で行われたことに感動するのです。ここでの演奏は再結成前をはるかに凌駕する円熟した演奏で何度聴いてもまったく飽きない。

コステロのサビでのファルセットも素晴らしいし、スティーヴの華やかなキーボードプレイも、抑揚の効いたビート・トーマスのドラムも素晴らしい。そしてブルース・トーマスのベース・プレイは史上最高の出来。

まず、イントロは敢えて弾かない。歌が入っても最初の8小節は弾かない。と思ったらいつの間にかベースが入ってくる。このアレンジは粋だと思います。

もっとも感動するのはサビにおけるベースラインで、これ、いちいち毎回違うんですよ。ボーカルとキーボードが上昇ラインの時にあえて下降ラインを辿ったり、はたまたユニゾンで上昇ラインになったりと、圧巻。これ多分相当練り込んで作ったベースラインだと思います。このベースラインだけでもブルースに作曲クレジットを与えても良いんじゃないかと思ったりしなくもない。 


・13 Steps Lead Down (Brutal Youth - 1994)

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これと似たタイプで「Pony St.」があるんですが、そちらはニック・ロウが弾いてます。「Pony St.」もベースライン悪くはないです。ただ、ブルース・トーマスが弾いていたらもうちょっとルート弾きは少なくなったんじゃないかなーと。ニックが弾いている曲では「Clown Strike」も好きなんですが、これもブルース・トーマスが弾いていたら、もうちょっと良くなったんじゃないかと思ってしまいました。
ちなみにライブでは「Pony St.」もブルース・トーマスが弾いてますが、ニックが弾いたラインをほぼ完コピしています。

で、この「13 Steps Lead Down」ですが、初期アトラクションズみたいな曲ですね。かなり好きな曲。
特に好きなプレイは、サビからギターソロに突入するところ、サビメロとコードは前半と後半で同じなんだけど、後半だけベースラインが下降していって分数コードになるんですね。

 

コード進行が特に良くて、このコード進行に呼応するようにベースが下降ラインを弾くんですが、ここが良い。

 

・Sulky Girl (Brutal Youth - 1994)

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これ、よくよく聴いてみると不思議な曲ですね。シングル・バージョンはだいぶ短いのですが、アルバム・バージョンは、Aメロ→サビ→Aメロ→サビ→Bメロ→Cメロ→大サビ→Aメロ→サビ→Bメロ→Cメロ→大サビ、のような構成。
いわゆる「ノルウェー曲」の属すると思われます。ベースラインはAメロは「Stand By Me」パターン。サビはオーソドックス。
好きなのは、Cメロのベースラインで、時折グリッサンドみたいなのを入れてくるんですがこれがカッコいいのです。

 

・You Tripped At Every Step (Brutal Youth - 1994)

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ここで取り上げた「Brutal Youth」からの4曲は全部シングル・カットされているんですね。
「This Is Hell」はアレンジにちょっと難ありという感じなのでシングル・カットはされなかったんですかね。抑制の効いたプレイで、次のアルバム「All This Useless Beauty」でのプレイにつながるような心地よいプレイ。

 


・Shallow Grave (All This Useless Beauty - 1996)

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「Brutal Youth」ツアーが上手くいったのでそのままアルバム作ろう、となるんですが、完成したアルバムは「アトラクションズ」のパブリックイメージとはかけ離れたアルバムに仕上がります。確かに初期アトラクションズをイメージしてしまうと、なんだ思ってたのと違うじゃん!とはなるのですが、とは言え同路線の「London's Brilliant Parade」「You Tripped At Every Step」は前作で作られたものなので、前作からの流れとしてはそれほど違和感はないのかなと。

このアルバム、前半はバラード中心で、かなり大人しめのオーソドックスかつベーシックなプレイが多いんですが、後半にかけてアップテンポな曲が増えてきます。

この曲はポール・マッカートニーとの共作なんですが、ジャズとかロカビリーとかそういうジャンルの境目が曖昧な頃の50年代風の曲。ブルース・トーマスはジャズ/フュージョン畑でのセッションの経験もあるので、ジャジーなベースも難なく弾くんですね。ちなみにカントリーは嫌いなご様子です(「Almost Blue」・・・)。

 

・Starting Come To Me (All This Useless Beauty - 1996)

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カントリーは嫌いとか言いながら、すごい上手いじゃないですか、というこのプレイ。ビートルズで言うと「I've Just Seen A Face」みたいな感じなので、カントリーっていうかブルーグラスみたいな曲ですが。

 

・You Bowed Down (All This Useless Beauty - 1996)

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で、これはロジャー・マッギンに描き下ろしたバーズのオマージュみたいな曲で、これまたカントリー・ロック。でも上手いんですよ。まあ純粋なカントリーではないですがね。

 

・It's Time (All This Useless Beauty - 1996)

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抑制が効いたプレイですが、サビ裏のハイポジションを使ったウネウネしたベースラインが聴きどころです。

 

 

このアルバムを引っさげてツアーを行うわけですが・・・、再び先程のインタビューから引用。

 

ブルース・トーマス:

バンドが機能不全になった正確な時期はいつとは言えないけど・・・転換点はあったかもしれない。


スペインでのコンサート(※おそらく1996/7/16)で、「I Can’t Stand Up For Falling Down」を演奏していたんだけど、その日はシングルになったアップテンポのバージョンじゃなくて、サム・アンド・デイブのオリジナルのようなバラードバージョンで演奏していたんだ。

あるポイントでコステロジョス・ストーン(※って、あのジョス・ストーン?まだ世に出てなかったと思うけど)のような最高のパフォーマンスをしたときに、それに呼応してベース・ギターのネックのハイポジションを使ってブルースのリックを弾いたんだ。

 

で、翌日になって空港でコステロが自分に「昨日みたいな大げさなことはやってほしくない」と言ってきた。
さらに真剣な口調で「ステージ上にスターのポジションは一つしかないんだ」と言うわけ。

 

不運なことに、その後のギグで、自分の間違いがより状況を複雑にしてしまった。我々が彼の新曲を演奏していた時のことだけど、バムノート(変な音)を出してしまった。そのせいでコステロはぐるぐる回って私を睨みつけたんだ。
この20年間で最高の瞬間でやってしまった最初のミスだった。なぜ自分がここにいるんだろう?と疑問に思っていたから起こってしまった(※良く分からないので翻訳違うかも)。

 

これが、コステロが、ステージ上で自分に妨害されたとが言った事件の真相だ。

 

ということで、最初は良い感じだったけど、ちょっとした行き違いで関係が悪化した、みたいなことです。なんかディープ・パープルの伝記を読んでいるようだ・・・。イアン・ギランとリッチー・ブラックモアの関係に似ているのかも。

コステロサイドに立てば、素晴らしいパフォーマンスが出来たのに、後ろでゴチャゴチャやられて、引くとこは引けよ・・・みたいなことでしょうし、ブルースサイドに立てば、素晴らしいパフォーマンスにコール・アンド・レスポンスしただけでなんで文句言われんの?みたいな感じでしょうし、難しいところですね。

 

きっかけとなったと思われるバルセロナでの公演(1996/7/16)から実質的にアトラクションズの最後の公演となったジャパン・ツアーの名古屋公演(1996/9/15)までは僅か2ヶ月。この間で修復不可能になっていったのでしょう。ちなみに映像作品となった「A Case For Song」の収録日は、1996/6/18で、バルセロナの約1ヶ月前のようで、この頃はまだ関係良好だったようです。

 

↓解散の3ヶ月前。

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ということで、ジャパン・ツアーを最後に実質的にアトラクションズは解散。

 

その後はパーマネントなバンドは持たないまま、コステロバート・バカラックとコラボしたり、サイドワークをやったりといった感じで2000年代に突入します。

2002年になり、エルヴィス・コステロ&ジ・インポスターズ名義でアルバムが発表になります。
過去にインポスターという変名で「Pills And Soap」「Peace In Our Time」をリリースしたことはあるのですが、この時は「インポスターズ」で、ラインナップはアトラクションズからベーシストがディヴィ・ファラガーに変わった、というパーマネントなバンドになりました。

 

2003年には、エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズとしてロックの殿堂入りします。


この時には、コステロとジ・アトラクションズが揃って壇上に上がりますが、ブルース・トーマスとの関係は修復されておらずなんだか居心地が悪そうです。最後にコステロがブルースの背中をトンと叩いたのは、いろいろあったけど来てくれてサンキュ、みたいな感じでしょうか。

 

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結局、エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズとしてロックの殿堂入りして、さらにブルース・トーマスもその場にいたにも関わらず、この時に演奏したのはエルヴィス・コステロ&ジ・インポスターズで、ブルースは客席で見ていたそうです。

 

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ディヴィ・ファラガーとコステロの関係は良好な様で、インポスターズの活動は、途中中断がありながらも、もう18年ほど続いており(すでにアトラクションズの活動期間をゆうに超えている)、ブルース・トーマスがコステロと共演することは二度とないでしょう。無駄な夢を見るのはみなさんやめましょう。

 

我々は残された音源を聴けば良いのです。

 

XTC再結成を夢見るファンに言い放ったアンディ・パートリッジみたいなことを書いてしまったが、これにて Fin.

 

 

 

 

All This Useless Beauty (Bonus CD)

All This Useless Beauty (Bonus CD)

  • アーティスト:Elvis Costello
  • 出版社/メーカー: Rhino / Wea
  • 発売日: 2002/02/08
  • メディア: CD