俺の記憶ストレージ (Part 1 & 2)

溢れ出る 色の渦 巻き込む パレード デイドリーム

野球と私

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たまには音楽以外のことを書きます。長いです。

 

我が北海道が誇る北海道日本ハムファイターズ栗山英樹監督は「今回の日本シリーズで野球が面白いと思ってくれれば嬉しい」としきりに言ってましたが、はい、僕は非常に面白かったです。今回はCSファイナルステージの第2戦の日ハムが負けた試合から日本シリーズ最後まで全試合見ました。

 

てっきり道民だからバイアスかかって面白いのかと思ってたのですが、どうやらそうでもないようで、やはり好評だったみたいですね。こんなに野球を見たのは、2006年と2009年のWBC、それと2006年の高校野球決勝くらいなもので、基本的にはそんなに熱中したことないんですよね。

 

自分が小学校低学年の頃、まだファミコンが友達間での共通言語になる前、野球が共通言語だった。小学館の小学◯年生の表紙は原辰徳で、今の大谷翔平レベルのスター選手でした。サッカーはまだそれほどメジャーではなく(キャプ翼のブームはもう少しあと)、外遊びは草野球がメイン。当然、フルメンバーな訳がなく、ランナーが出るとダミー。「一塁透明!」とか言ってましたね。軟式ボールだったので球をぶつけてアウト、とかやってましたね。所謂「ぶっけあり」ルール。プロ野球のチーム名や主力の選手は必死で覚えてました。

 

読売ジャイアンツ(チーム名に巨人なんてないのになぜか巨人と呼ばれているのが当時不思議でならなかった)は、原辰徳中畑清クロマティ王貞治江川卓桑田真澄ガリクソン呂明賜

中日ドラゴンズ星野仙一立浪和義

広島東洋カープ衣笠祥雄

ヤクルトスワローズ、ホーナー、関根監督。

阪神タイガース、掛布、岡田、真弓、バース。

大洋ホエールズポンセ

 

パ・リーグは、

西武ライオンズ清原和博東尾修秋山幸二工藤公康

近鉄バファローズ、野茂英雄

阪急ブレーブス、ブーマー。

ロッテオリオンズ、落合、村田兆治

日本ハムファイターズ、うーん、大沢親分?。

南海ホークス江夏豊門田博光

 

こんな感じかな?たぶん。

 

80年代は巨人と西武が強かった印象。90年代になってからは野村政権によるヤクルトの隆盛、って感じですかね。

 

小二の頃に、名古屋から引っ越してきた同級生がいて、この人が何故か阪神ファン。その影響で自分も阪神ファンになりました。とは言え、まあフワッとしたファンです。やがてキャプ翼がブームになり、サッカー少年団に入ってしまったので野球は遠ざかってしまいました。まあ、だがしかし、サッカー少年団も1年で辞めてしまうんですがね。サッカーの才能はあまりないなと思って。

 

とはいえ、野球もかなり苦手。球技大会ではそれでもソフトボールを選んで、野球部の友達にしごかれ、それでゴロやらフライを取れるようにはなりましたが、打席に立つとなぜか前進守備される、そんなレベルです。

 

ただ、どういうわけか中学、高校ともいつもつるんでる友達は大体、野球部でしたね。謎ですね。逆にサッカー部に友達は全然いません。野球部の人の方が空気感が合うというか、サッカー部の(当時の)チャラついたノリが苦手というか、そういうのはあった気がします。

 

プロ野球観戦は、本当にたまーに行くくらいで、調べたら今まで5回行ってました。

 

一番古いのは高校一年の時、友達にチケットあるからということで誘われて、円山球場へ。

1992/6/7 阪神-大洋戦。勝敗は4-1。若き日の新庄選手と亀山選手がいましたね。亀山さん、今の風貌が昔と似ても似つかぬ感じになってますが・・・。

 

そこからかなり空いて、日ハム北海道移転後すぐの札幌ドーム。社会人5年めの夏。帰省した友達と、今の嫁さんと3人で観戦。

 

2004/8/8 日ハム-ロッテ戦 0-5で負け。なぜかこの時も新庄選手がいましたね。監督はヒルマンで、スター選手といえば小笠原道大でしたが、この日は出てませんでした。

 

で、三年後、会社の人たちと交流戦を観戦。

2007/6/6 日ハム-広島戦 4-1

この頃のスター選手は稲葉篤紀ダルビッシュですね。監督はまだヒルマン。この年はリーグ優勝してますね。

 

で、また3年後も交流戦。監督は梨田さん。

2010/6/9 日ハム-ヤクルト 1-6

 

で一番最後に行ったのはもう5年も前。中田翔はこの頃すでに4番。

2011/8/13 日ハム-ソフトバンク 0-4

 

とまあ、こんなところで札幌ドームからは5年近く遠ざかってまして、その間にファイターズのメインの選手も様変わりしていまして、中島、西川、岡、大谷、近藤、杉谷、レアードなんかは生で見たことありません。来年は見に行こうかな?

 

さて、北海道に移転して12年経ったファイターズ。ファイターズより前にあったコンサドーレよりも、札幌市民への定着度はかなり高いと思います。札幌に来てからBクラスは3回のみで、Aクラス9回。優勝5回。ということで、優勝してもそんなに驚かない感じになってるのは確かです。ただ、今年は大谷翔平というスター選手がおり、さらに11.5ゲーム差をひっくり返しての劇的な優勝。15連勝した時でさえ、まだ5ゲーム差があったのですがそれをひっくり返した時は流石に驚きました。今年こそは10年ぶりの日本一になれるかもとおもったのですが、全国的にはなんとなくアウェー感がありました。

 

アメトーークではカープ芸人第二弾が放送され、全国ネットのワイドショーなんかでは、カープ25年ぶり日本一を日本全体で願うようなそんな空気感を感じてました。これは北海道に住んでるからそう思ってたんですかね?カープファンの中には大谷翔平を推しすぎ!と思って憤慨していた人もいるようですので、まあお互いバイアスはありますよね。それはさておき、僕が観だしたのはCSの2戦目から。この試合は負けてしまうんですが、圧巻はCSの第5戦目。風邪気味だった自分はボーッとしながら観てたんですが、岡のタイムリーの後、中島卓也スクイズ成功で目が冴え、最終回で大谷登板するんじゃないかとソワソワしだした頃でダルかった身体がシャキッとする始末。165キロ連発で風邪が吹っ飛びました。

 

日本シリーズマツダスタジアム2連敗で、「こりゃ異様な空気・・・完全に飲まれてるな・・・」と思い、こりゃまた日本一ダメかもな、とほぼ諦め、せめて札幌で1勝くらいしてくれないと優勝パレードが盛り下がるなぁと思ってました。思えば、2004年に札幌に移転してから、2年後の2006年には優勝してさらに日本一になりました。この時は札幌中大騒ぎだったのですが、翌2007年は連覇するものの日本一は逃しました。この時の優勝パレード、やっぱり前年よりは熱が低かったような気がします。2009年、2012年にも優勝し、ここ10年は最下位が一度あったものの、パ・リーグは近年ほぼホークスとファイターズの2強状態だったのですが、それでも日本一になれない。余談ですが、3強だとロッテも入りますが、80年代の、西武近鉄阪急時代からするとちょっと信じられないですね。

 

第3戦、札幌ドーム。黒田投手の最後の登板か?と言われていた試合。大谷が敬遠されて中田翔との勝負を選んだカープ。中田の静かな怒りは我が家の10年前に買ったビクターの液晶テレビを通して伝わってきます。そろそろ新しいテレビが欲しい!

 

そして、中田翔のタイムリーは感動的だった。

 

中田はシーズン中、数回の例外を除き、不振でも4番バッターに指名されていた。これは選手のメンタルにまでズカズカと入って来る栗山監督の手法なんだろうと思う。あああう外面ヤンキースタイルの選手は意外と情にもろい。お前を信頼してるぞと情をかけたら恩返しするタイプの選手が中田翔なんだと思う。これでテンションチャージ50%、さらに大谷敬遠でマックスハイテンション!

 

そして、中田翔の故郷は広島。中田翔の贔屓のチームは当然ながらカープだった。子供の頃、近所に住んでいた緒方選手の家にアポなしで行って家に上げてもらったことがあるらしい。その緒方監督率いるカープに、中田翔は打ち取れると勝負を挑んできた。・・・そして、逆転タイムリー。緒方監督の脳裏には「あの日、家に上げた野球少年中田翔」がフラッシュバックした・・・のかしなかったのか、緒方監督にしか分かりません。

 

しかし、やはりカープは強い。また同点に追いつかれる。そして9回。打席には大谷。

 

僕は2戦目終了後のさまぁ~ず三村さんのツイートが気になっていた。曰く、「大谷を推しすぎじゃないの?」「パ・リーグ王者ってもう少し強いと思っていた」という屈辱のツイート。大谷は過剰に推されてるとは思わないし、俺だってもう少し強いと思ってたよ!ただ、あの雰囲気は異様だよ、アウェーだと怖いよ、しょうがないだろ、と思った。熱烈なモヤさまファンの僕はこのツイートに若干憤りを感じ、狩野アナと同じタイミングでモヤさまを卒業しようかと思ったほどだ。

 

打て大谷!サヨナラで三村さんに目にもの見せてやれ!・・・イチローばりにボール球を打って2塁の西川生還、劇的なサヨナラ勝ち。僕は居間で2歳の娘を胴上げしたのだった。この胴上げを機に、事あるごとに娘が胴上げを要求してくるので困っているんですけどね。

 

※ちなみに三村さんはこの試合見たかな?と思いツイートを漁ったがノーコメントでした。

 

第4戦。ファイターズは勝ったが、試合としては大して面白い試合ではなかったが、これでタイに持ち込む。

 

そして第5戦。1対1のまま9回裏ツーアウト。また延長か、やはりカープは一筋縄ではいかない、と思ったらあれよあれよという間に塁にランナーが溜まっていく。岡のデッドボールで満塁。これは恐ろしい。カープファンなら気が気でないだろう。第4戦もそうだったが、9回のツーアウトから満塁になってしまうのだ。しかもデッドボールで場内騒然としている。そして最後は西川が満塁ホームランでまたもやサヨナラ勝ち。あまりの劇的な幕切れに思わず声を上げてしまった。そして、3点も余分に要らんぞー!と思った。次の試合に繰越出来ればいいのに、の真剣に思ったほど。

 

栗山監督は勝利インタビューで、「これで7戦まで戦える権利を得ました」と言いました。これを聞いた時、戦慄が走りました。普通は「次で決めます」とか良いそうです。が、栗山監督は7戦目までもつれても最後は勝つ、という姿勢。日本シリーズは短期決戦とは言いますが、完全な短期決戦じゃないんですよね。超短いペナントレースと思えば理解できるけど、そう来るかとちょっと驚きました。

 

※三村さんはこの試合こそ見たかな?と思いツイートを漁ったがまたもやノーコメントでした。

 

そして王手のかかった第6戦はマツダスタジアム

 

マツダスタジアムでの試合は映像が綺麗だった。ナイター中継は最近少なくなったが子供の頃はよくやっていた。あの頃はドームなんてなくてほぼナイター。ナイターはやっぱり独特の雰囲気ありますね。こんなところで野球観戦したら楽しそうだなあ、寒そうだけど、何てことを思いました。

 

それはさておき、初回2戦での完全アウェーな雰囲気。ビジター席まで溢れかえる赤い応援団。中継で映ってた日ハム応援団は寂しそうだった。ここで勝てるのか?やっぱり広島に戻ったらカープ2連勝しちゃうんじゃないか?と気が気でなかった。

 

8回裏、4-4。ツーアウトからまたもや満塁へ。中田翔の後ろ、ネクストバッターズサークルには大谷翔平。栗山監督の大谷ブラフ。これがプレッシャーとなったのかフォアボールで押し出しの勝ち越し点。そして代打大谷かと思いきや、ピッチャーのバースがそのまま打席へ。DHのないセ・リーグではピッチャーも打席に立たねばなりません。つまり普段は打席に立つことはない選手なわけで、ピンチもここまで、ピッチャーなんてど真ん中ストレートで打ち取ってチェンジだろ、なんてことをやってる側も観てる側も思ったはずです、よね?ファミスタならそうですよね。

 

だがしかし、これがまさかのタイムリーで1点追加。これには驚いて、そして笑いました。あいつ、ランディ・バースだったのか?と。この試合の後に、投手陣が珍しい打撃練習をするシーンがどこかの局で流れたんですが、バースのスイングがピッチャーとは思えないほど良いスイングをしてたのです。これはカープの調査不足もあったのかなと。

 

なおも満塁は続き、ここで6番レアード。普通はここでピッチャー変えると思うんですが、なぜか続投。ファイターズ贔屓目から見てもよく分からない采配でした。この時点で戦意喪失していたのかもしれません。

 

そして、ダメ押しの満塁ホームランでさらに4点追加。

 

栗山監督も言ってましたが、事実上、試合はここで終わりました。実質コールドゲーム。残りは消化イニングみたいなものです。しかし、横で見ていた嫁さんは言いました。「6点も一気に取れたっていうことは、6点取られる可能性もあるよね?」確かにそうだ。サッカーなんかでも勝ってたのに最後の6分間に3点取られて逆転負けした試合もある。見てたぞその試合。ふて寝したぞその後。そんなこともあったので、引き続き応援を続けました。まあ、僕が応援したところで何も変わりませんが。まあそんなこと言ってた嫁さんは8回終了時点で寝てしまったのですがね。

 

しかし、やはりもうカープ陣営は戦意喪失してるように見えました。そして勝利。10年ぶりの日本一。

 

栗山監督。栗山さんは監督になる前、報道ステーションでもよく見てましたが、もと野球選手だったってのは全然知らなかった。そんなに有名な選手でもなかったので当たり前かもしれません。ただ、ファイターズの監督になる前から北海道ローカル番組でよく見てて、なんとなく親近感があった人です。

 

90年代は野村監督がID野球を提唱してて、統計学的なデータを駆使した采配をしていたのですが、栗山監督はさらに選手の性格、感情まで把握した采配をしていると言われています。ドライな気質と言われている北海道にウェットな監督がいるというのもなかなかおもしろいと思います。

 

実はIT業界でも開発モデルがウォーターファールが良いだの、スパイラルが良いだの、バグ発生率がどーのこーの、そういうことだけを言ってた時代から、近年は人間の感情を考慮した手法が出て来てて、例えばチームメンバーは少ない方が揉めにくいだとか、目標を見える化した方が精神的に良いとか、小さい目標を細かく立てた方が達成感があって良いとか、作りながら設計した方が精神衛生上良いだとか、感情を一切無視した根性論的な時代からはかなり進歩しています。人間には感情があり、感情が仕事の出来不出来に作用するから当たり前なんですが、ようやくそういう時代が来たということなんだと思います。

 

今までの采配から、人間の感情を研究し尽くしているに違いない栗山監督は、味方チームの感情だけでなく、相手チームの感情さえも揺さぶって点を取る。大学教授だから誰も彼も凄いとは言いませんが、さすが大学教授まで経験した栗山監督は、頭脳プレイ、心理作戦としては、少しレベルが違う気がします。

 

スポーツの練習は、基本的に反復練習による鍛錬で、突発的なイベントに即座に対応していく瞬発力を鍛えていくと思うんですが、野球が特徴的なのはさらに思考を巡らせる時間がたっぷりあるということなんですよね。こういうスポーツ、実はあまりない気がします。ターン制のカードゲームにかなり近いです。こういう思考を巡らせる時間がたっぷりあるスポーツが頭脳戦になるのは必然なのではないでしょうか。だから、常に全力でプレーすることを求める人には、手を抜いているように見えるのかもしれませんが、そうじゃなくて、全力で頭脳を使ってプレイしているんだと思いますよ、と僕は三村さんに言いたい。

 

ま、モヤさまは見ますけどね。