俺の記憶ストレージ Part 1&2

寂しさは琥珀となり密やかに輝き出す

北海道胆振東部地震から1年

北海道胆振東部地震から1年経ったので、当時を振り返ってみようかなと。

 

地震のせいで忘れがちだが、地震の前の日は珍しい台風が北海道に上陸したのだった。札幌も雨風が激しく、2004年の台風上陸ほどではないが木がなぎ倒されるなどの被害が多数あった。通勤時、自転車で北大の中を通っていたが、通路は倒れた木でふさがっていたりと、なかなかの被害だった。

 

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知り合いは夜中に家が風で壊れ、一晩中修理してたと言っていたので、割と寝不足の人も多かったようだ。

 

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さて、その台風一過の95日は秋晴れ。台風が過ぎ去った安心感と寝不足もあり、旭川スタルヒン球場の日ハムー西武戦のダイジェストを見ながらいつの間にか寝てしまっていた。

 

日を跨いで96日の深夜37分、突然携帯がけたたましく鳴り出す。爆睡していたので夢かと思ったのだが「緊急地震速報です」の声で飛び起きる。

 

激しい縦揺れの後、横揺れになる。これはマズイことになるぞと覚悟したが、時間にして1分も経たないうちに揺れがおさまった。意外と短く終わったとは思ったが、また来るのではないかと身構えていた。

 

その時、1階に一人で寝ていたので、2階にいる奥さんに「だいじょうぶかー?」と叫んだら、「だいじょうぶー」という叫びが返ってきた。

子供たちは二人とも爆睡していて、地震があったことを全く気づいていなかった。

 

時間としてはかなり短かったので、これで終わり?また来るんじゃないの?という感が拭えなかった。東日本大震災発生時を撮影した動画を当時良く見ていたが、それよりは大分短かい感じがした。

 

ただ、地震直後は停電していたので、震源地近くはまずいことになっているんじゃないかと思った。

 

その(最初の)停電は地震発生から数分で復旧したので、テレビをつけてNHKを見ていたら、震度6のところがあったという。(後に震度7に訂正)

自分の住んでいる地域は震度5強だった。それまで経験した最大震度は4だったが、もちろん4よりは大きいのだが、揺れの時間としては短く、幸い自宅は食器棚の皿はすべて無事で、他にも何の被害も無さそうだった。

 

自宅は古い住宅を購入し、基礎と柱以外を刷新した、いわゆるリノベーション住宅で、その時に耐震対策も施しており、ほとんどダメージはなかったが、数ヶ月後見ると、基礎部分にちょっとしたダメージを見つけた。ただ、それほど大したものではない。

 

そうこうしている間に余震が何度か来ていた。余震の前は何か分かる気がした。

遠くから地鳴りがするのである。

 

とりあえず緊急事態だと思ったので、そのままテレビを見ていたのだが、20分弱経った325分、また停電になってしまった。

この時はまたすぐに復旧するだろうと思っていたのだが、結局ここから42時間程度停電したままだった。

 

近所の家からサイレンの音が聞こえた。おそらく住宅に設置されている何かの警報機の音だ。

これがあちこちから聞こえてきて、非常事態なんだなと思わずにはいられなかった。

 

仮眠を取ろうと思ったがいつ余震がくるか分からない状態だったので、ウトウトしながら朝方になった。

2時間経っても停電は復旧しない。

 

ネットで調べていたら、どうやら北海道全域が停電になっていることを知る。

需給バランスが崩れたことでブラックアウトが発生した。

地震直後に一瞬停電から復旧したが、再度停電になったのは、発電量が発電所の故障で減ったこともあるが、

通常の夜間の電力使用量が地震が起こったために増加したからだろうと思った。

 

それにしても、震源地から遠い道北、道東の人は地震の揺れを感じていないだろうし、朝起きたらいきなり停電になっていてパニックになったのではないだろうか?と思った。

 

さて、我が家はオール電化なので、お湯すら沸かせない状態だった。何か食料がないとマズいと思い、近所のセブンイレブンに行ったが朝の5時半くらいでほぼすべてのパンが売り切れている状態で缶詰しかなかった。缶詰でも良いやと思い何個か買って帰った。

もう少し食料がないと心許ないなと思い、また別のコンビニ、ファミリーマートに小1の息子を連れて行った。

 

そこでは、まだ販売中の食料が残っていたが、出来合いのお惣菜、弁当は全て衛生上の理由により購入不可となっていた。

企業コンプライアンス上そうせざるを得ないのだろうが、正直、冷蔵機能が2時間くらい止まっただけで腐るはずがないので、こちら側の自己責任で売ってくれても良いのにと思った。

 

ここでパンとかカップラーメンを買おうとしたら、大行列で、カゴすらないくらいで、両手にパンやらカップ麺を抱えて待つこと2時間。

停電しているせいで、レジのPOSシステムが使えない。

店員さんが値段を調べて、電卓で会計をするという昔の〇〇商店のようなスタイル。

行列が凄いということももちろんあったが、時間がかかったのもそのせい。

ただ、みんな状況が状況だけに、それに文句言ったり騒ぐ人なんて一人もおらず、今現在停電がどうなっているのか、なぜ停電になっているのかの情報共有しながらおとなしく待っていた。

結局、会計を終えたのは2時間後で、8時半になっていた。

 

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※写真は別の日に撮った別のスーパーのもの

 

その頃には、棚のものはほとんど売り切れていた。唯一残っていたのは辛いカップラーメン。

これはさすがに今食べるものじゃないんだろう、という判断なのか。

辛いカップラーメンというのは、生活必需品ではなく、ある種の娯楽の一つなのかなーと思った。

 

そこから焦点はいつ停電が復旧するのか、ということだった。

次の日の夜、ってことが分かっていればまだ良いのだけれど、いつ復旧するか分からない状態で、なかなかスマホは使いづらい。

予備電源としては、モバイルバッテリーが3日分くらいの充電が出来る状態ではあったが、これも節約して使う必要がある。

しかし、この時は普段よりも情報を欲しているのでバッテリーの消費が激しい。発電所で何が起こっているのか?断水はするのかしないのか、真偽不明の情報が飛び交ったりもしていた。

 

震源地に近いところは大変な被害が出ていることは知っていたが、住んでいるところは電気がこないだけで、日中はいつもと同じ風景。ちょっと違うのは木曜日にも関わらず、子供連れのお父さんが大勢公園にいたことくらい。地下鉄も止まっているし、例え頑張って出社したとしても会社に電気が来ていない。もう休むしかないのである。ライフラインに関わる仕事の人は出社せざるを得ないが、そうでない人は何もできない。

 

午後になって火力発電所が一部再稼働されたという情報が流れてきた。

携帯電話の公衆回線は生きていたので、優先的に基地局に電力供給されているのだろうと思っていたのだが、

夕方くらいになって、圏外となってしまった。当初は、自分のスマホの故障を疑ったが、周りも圏外になっていたので、おそらく基地局の予備電源が力尽きたのだろうとは思った。

 

時折、電波が復旧して通信できることはあったが、基本的には微弱な電波で、パケット受信途中でまた圏外になってしまうことも度々あった。

 

さて、停電になってから初めての夕方が来る。日中はほぼ普段どおりの生活に近かったが夕方にかけて、とんでもないことが起きているんだなという思いを強くした。次第に暗くなり、街灯もない。家の灯りも全く無い。ただただ暗くなっていく。江戸時代はこんな感じだったのかな?と思い、そもそも電気無くても生活できてた時代もあったし、人々のスマホ依存もここ数年前からのトレンドなんだよなと思いながら夜が更けていった。

 

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たまたまキャンプ用に買った手回しランタンでなんとか暗さを凌いでいたが、かなり貧弱な明るさだった。

 

夕方はほぼ圏外の状態が続いたので、続報が来ない。

こんな時、頼れるのがラジオなのだが、AMが聞けるラジオがそもそもない。

ANKERFMラジオ付きのモバイルスピーカーを持っていたが、こういう時、あまりFMは役に立たない。NHK-FMに期待したが、NHKとしてはそういう情報はAMに任せているから平常運転になっている。夕方にTMネットワークのCarolを特集する番組が流れていたのだが、こっちはそういうのは求めていない。

 

その他の民間FM局もたまにニュースで地震情報を報じるが、基本的にレギュラープログラムのままだ。

 

車にはワンセグ付きのカーナビがあることに気づき、見てみたら、被災地に向けて、こうした方がよい、ああしたほうが良い、といろいろアドバイスをくれている。ありがたいことではあるが、北海道での視聴率は0.001%くらいだろう。そもそも電気が来てないんだから。さらにその番組を見ていたら、スマホのバッテリーの節約の仕方、みたいな特集をやっていた。

みんなで同じ情報をアクセスするとバッテリーの無駄なので、家族の誰か一人が情報を拾って、家族に伝達しようとか、そういう感じだったが、

そもそも停電で、基地局すら動いてなんですよねぇ、という状況が分かってないまま報道している感がありありだった。

 

しょうがなく、家に戻ってFMラジオを聞くも「こんな状況だけど、ガンバロー!」みたいな放送ばかりで

淡々と被害の状況とか復旧情報を聞きたい身としては、そのモードはいまはまだちょっと早いかな?と思わずにはいられなかった。

 

夜になり、一時的に携帯の電波が復旧したタイミングがあった。札幌市のある地域の電力が復旧したと、友人からのLINEで知る。

どうやら、ところどころ復旧しているようだ。我が家ももうすぐかな?という淡い期待もあったが、ここからさらに21時間近く停電したままであることはこの時の自分は知らない。

 

復旧したところとしないところでかなりのタイムラグがあり、これがまた焦りというか、憤りというか、少なくとも、いつくらいになる予定なのかくらい教えて欲しいと思った。北電はそもそもこの時ツイッター自体を停止していた。地震を受けて慌てて再開したが情報公開に手間取った印象がある。

 

そして停電のまま、夜が明け97日になった。朝起きたら通電しているかと思ったが、そんなことはなかった。

暇なので、子供を連れて飲み物を買いに行こうと自販機へ向かったが、停電しているので買えない。当たり前なのだが、普段あまりにも電気に依存した生活を送っていることを改めて思い知らされる。

 

ついでに、どの地域が通電しているのか現地調査も兼ねて、子供を連れて近所を散歩することにした。

殆どが停電したままだが、例えば病院のある区画は信号が点いていたり、床屋のグルグル回るやつが動いていたりしていた。優先順位的に我が家は最後の方なのかな?という感じはした。

 

途中、携帯を持った年配の女性に「すみません、充電できるところ知りませんか?」と尋ねられた。

「携帯ショップとか遠いですよね・・・市役所で充電できるとか聞いたんですけど、地下鉄も動いてないし・・・」

 

こういう近所付き合い自体ほとんどなかったりするので、震災ならではだなぁという感じがした。

 

コープさっぽろが営業していると聞き、特に食料を買うわけじゃないけど行ってみたら、商品こそほとんど売ってないが、店内が明るかった。そういえばこの店は太陽光パネルが大量に設置されている店舗だった。こういう時の太陽光は強いなぁと思った。

 

そうこうしている間に、夕方近くになり、ようやく自分の街にも徐々にではあるが電気が戻ってきたようだった。

 

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ただし、どういう基準で復旧しているのか分からず、特に公共性の高い場所でないにも関わらず、復旧していたりしていた。

 

電気が復旧した人は、自分以外も復旧していると思いこんでいるので、ガンガン電気を使い出す。一方こちらは電気を我慢して生活している。これはヘイトが貯まってしまうなぁという感じだった。

 

そして20:20、ようやく我が家も電気が復旧した。どうやら、このタイミングで自分の住んでいる街すべて復旧したようだった。

 

そもそも、災害が殆どなかった札幌市民は、災害に慣れていない。大雪は降るが、それは毎年のこと。大雪に耐えられるように家屋が頑丈に作られているのもあり、震度56とは思えないくらいダメージが少ない。秋だったことも幸いした。暖房を使いだすのは10月末~11月頭くらいからだが、基本的に札幌は灯油ストーブが多い(割合としては75%)ので、冬場の地震は危なかったかもしれない。

 

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