俺の記憶ストレージ (Part 1 & 2)

溢れ出る 色の渦 巻き込む パレード デイドリーム

S.M.A.P.

小学生5~6年生の頃の1987~1988年あたりの光GENJIの人気は凄まじかった。地方都市に住むただのガキだった自分は、おなじクラスの女子を虜にしていた光GENJIに超嫉妬していたのを思い出す。何が「STARLIGHT」だ、何が「ガラスの十代」だ、と思い一方通行で敵対視していた。この頃ツイッターがあったら中二病的なことを書いていたかもしれない。インターネットがなくて良かった。

 

中学に入学した頃は1989年だったが、男闘呼組の「TIMEZONE」がラジオから流れまくっていた。光GENJIの人気は全盛期よりは確実に落ちてきた時期だったから、次は男闘呼組なのか?と思ったが、次の年になるくらいにはもう、クラスメイトの話題に上らなくなっていた。

 

とてつもない人気を誇った光GENJIも、中3だった1991年頃には既に殆ど忘れ去られた存在だった。ある女子が光GENJIのファンだと判明した時のみんなのリアクションが「え、今更?古くない?」みたいな雰囲気だったことをハッキリと覚えている。光GENJI全盛期からたったの3年で「あの人は今」状態になってしまうような時代だった。

 

この頃、本当にアイドルの寿命は短かったのだ。爆発的な人気があってもあっという間に下火になる。女性アイドルではWinkも1989年にはとてつもない人気を誇っていたのに、次の年の後半にはあっさり失速していたのだった。

 

祇園精舎の鐘の音。

 

1990年からしばらくはアイドル不在の時代だった。女性アイドルは、CoCoやRibbonがいて、それなりの人気はあったが、まあそれなりという感じだった。友達が好きだったクレアというアイドルもいたが、一般の人はほとんど知らないだろう。男性アイドルは人気が下火となり、どちらかというと吉田栄作加勢大周がアイドル的な人気を誇っていた。当時、僕は吉田栄作の真似をしようと髪型を真ん中分けにしていたのは、ナイショの話だ。

 

1992年は高校1年だった。この頃、「夢がMORIMORI」という番組が始まった。出演者は森脇健児森口博子、そしてSMAPだった。この枠の二つ前の前の番組が「夢で逢えたら」というウンナンダウンタウン清水ミチコ野沢直子が出ていたコント番組で、僕はこの番組でダウンタウンを知った。ダウンタウンを見て、自分のなかにお笑い革命が起きたのだ。後続番組の「夢の中から」は、ウンナンダウンタウンだけのトーク番組。夢モリはその後の「夢」シリーズだから期待したのだが、当時の森脇健児が全く面白くなかったので殆ど見ていなかった。ただ、キックベースが人気だったのは覚えている。お笑いといえばダウンタウンが頂点だったので、それに比較するとやはりあまり面白くなく、興味を持てなかった。

 

SMAPがCDデビューしたのは1991年で、当初全然売れなかったと言っていたが、確かに周りで話題にしてる人はいなかった。SMAPの名前が話題になった一番最初はドラマ「二十歳の約束」だったような記憶がある。稲垣吾郎牧瀬里穂が主演のドラマで「ヒューヒューだよ」が流行りまくったのだ。ドラマ自体は中盤からダレてしまい、途中離脱してしまったが。余談だが、このドラマのせいで光GENJIの諸星ポジションが稲垣吾郎だとしばらく思ってたのである。

 

とはいえ、まだ爆発的な人気を誇るとは言い難かったが、1993~1994年あたりになるとSMAPの人気が爆発する。僕が大学生になる前後にはキムタクはとてつもない人気のアイドルになっていた。なんせ竹内まりやの曲の歌詞に出てくるくらいである。

 

 

口ではキムタクなんて別になぁ・・・とか言いつつ、本心は別で、PVでキムタクが着ているフライトジャケットと同じものを持っていると知った時はテンション上がったし、たまに買っていたメンズノンノはキムタクが表紙のものばかりだった。

 

実はSMAPの存在自体はかなり昔から知っていた。なぜなら光GENJI全盛期、小学館の小学6年生という雑誌に載っていたからだ。香取慎吾が自分と同じ小6だったから気になっていたのだ。自分と同じ年の有名人は観月ありさタカトシ辺見えみりなど色々いるが、初めて知ったのが香取慎吾だ。国分太一も変わった苗字だったので妙に記憶に残っている。TOKIOのメンバーとして国分太一の名前を見た時に、あの時の国分太一?と驚いたものだ。

 

だけど、光GENJIやその他の例からいって、アイドルの寿命なんて1、2年だと思ってた。SMAPもすぐに忘れられると思っていた。1996年頃、大学1年だったが、木村拓哉の人気は絶大だったが、1997年頃には反町隆史竹野内豊が人気となる。やはりSMAPの寿命も短かったな・・・と思ったのだが、その後の活躍はみんな知っている通り。こんな息の長いアイドルグループはいない。現在のジャニーズの二大双璧はSMAPと嵐だろうが、まさか嵐までこんなに続くとは思ってなかった。これも全てSMAPが先鞭をつけたと言っても良いんじゃないだろうか。

 

そんなSMAPに対して大半の期間、無関心だった自分だったが、SMAPがメインだった2014年の27時間テレビは、本音を吐露するSMAPが人間的で非常に面白かった。この時の放送はHDDから消していない。

 

僕はSMAPとはそんな感じの接し方だった。凄いファンってわけじゃないんだけどいざ解散か?となるとやっぱりなんだか寂しいなあと。解散騒動があってから、SMAPのメンバーが出る番組を優先的にチェックしているんだけど、そりゃもう毎日出てるわけ。凄いなあSMAP。テレビを見る人にとってはもう日常に組み込まれてしまってるんだ。この当たり前の日常が変わるのはなんかやだな、という気持ちが日本人にはあるんじゃないだろうか。当然、自分にもある。ドラマ「天皇の料理番」じゃないけど、そういう意味で言うとSMAPは白米なんじゃないかと思う次第。普段意識しないけどなくなると困る。そういう存在だったのかもしれない。

 

で、この曲いいよね。Peace!

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