俺の記憶ストレージ (Part 1 & 2)

溢れ出る 色の渦 巻き込む パレード デイドリーム

1988年夏のアーカイブから垣間見えた当時の風潮(大げさ)

先週の金曜日に、小規模なクラス会があったんですよ。

 
それも小学校のクラス会。ほぼ25年ぶりくらいに喋る人もいて、かなりレアな飲み会になりました。まあ、中学校も同じ人たちなので、顔を見るのは25年ぶりってわけじゃないんだけど。
 
で、自分は実は小6の時に入院していたことがあり、なんで入院してたかは秘匿情報とさせてもらいたいんだけど、たいした病気ではなく、一週間くらいで退院するくらいの規模のもの。

夏休みが開けて、始業式に出席した後に、病院に行ったら即入院だね、となったわけ。その時に、クラスメイツ全員からもらったお見舞いの手紙があったはず!と思い、実家の押入れ的なところを漁っていたら、やっぱりありました、当時の手紙。手紙が入っていた紙袋はボロボロだったけど、手紙はほぼ当時のまま残っていました。

 
で、懐かしいな〜と思いながら読んでいたら、あるキャラクターの絵がいろんな人の手紙に書かれていることに気がついたのです。そのキャラクターは、サンリオっぽい雰囲気の、なんだかパプアニューギニアにいそうな原住民風のキャラクター。よく見たら手紙が入っていた紙袋にも書いていた。ググろうにも絵なのでググれない。嫁に聞いても知らないという。当時、超ローカルで流行っていた創作キャラなのかな?と思っていたのですが、ある日、髪を切りに行った時に美容師さんにその話をしたら、「それはたぶんサンリオのビビンバですよ」とのこと。ビビンバといえば韓国料理か、(あまり人気ない頃の)キン肉マンに出てきたキャラクターを思い出すのだが、サンリオのビビンバなんて全然知らない。

 
で、ググって見たら結構出てくる。当時は、確かにちびくろサンボ廃刊騒動があったのは知っているが、カルピスのキャラクターが変更されたとか、あれだけ放送されていたジャングル黒べえが全く再放送されなくなったとか、黒人差別撤廃的な世の中の流れがあったんだった(←アメリカでならともかく、それを日本でやるのが謎だけど)。
 
で、一連の事の発端はビビンバが差別にあたるとの指摘を受けてサンリオが自主回収したことから始まったみたい。

手紙の様子からすると1988年当時、子どもたちの間では一斉を風靡していたわけだから(少なくとも僕の周辺では)、ひょっとすると「けろけろけろっぴ」とか、「たー坊」みたいなメジャーなキャラになっていたかもしれないのに、今見ると全然知らないという、不思議な状況になっている。
 
※最後に本文と全然関係ないようなそうでないような、僕の好きな曲を貼ります。アート・ブレイキーは日本に来て、全く黒人差別が無いことに驚いたとか。なのにねぇ・・・。